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新居

rosso

大坂寛


ようやく引っ越しが終わった。東京郊外の丘陵が見える高台にある家である。元々実家のある町であったため、本当はこの町には住みたくなかった。少年時代にあまりいい思い出も無く、この町から漂う閉鎖的な印象が嫌いだった。過去に戻ってしまう気がして避けていた。しかし時が随分と経ち印象が明るくなった。女子大!もやって来て窓からそれが見え、山の向こうから涼しい風が渡って来て、ここも悪くはないかな、、、。心気一転、前向きで進もう、、、と思う。

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インター

bianco

Kディレクター

先日母校の大学で数人の学生と話してきた。作品を見るとそれなりに仕上がっていた。僕らの頃より数段じょうずだ。ただ何かひっかっかる。日をおいて思い出してみると、その理由が分かった。

インター【inter】とは辞書で引くと相互と出てくる。インターチェンジ、インターネット、インターフェース、インタレスト…は「間」とか「つなぎ」とかの作用を語っているのだが、彼らには決定的にそれが欠けている。極端に言えば彼らの作品は個人のものでしかない。それはそれで良いのだが、作品としても広告としてもそれを見る人間がいる限り、間をつなぐ何かが必要となる。つまり彼らの作品は社会とつながっていないのだ。

さて、ではその何かとは何か!?一言で言えば形容詞であろう。有名な作家には「名声」があり、ドキュメントには「時間」、美術展を見に行きその感想を電話で友人に伝える時の形容詞だ。その形容詞が魅力的であればあるほどつながりが濃くなり作品が命を得る。

なぜ彼らがそうなったのだろう。僕らが写真を始めた頃に比べ今の学生は、絶対的に大量の情報を持っている。いや、正確に言うと、大量の情報と戦っているのかもしれない。おそらくそれに負けたので内側を向き、ものすごく個人的になったのかもしれない。

次の世代には大いに期待したい

X軸とY軸

bianco

K-ディレクター

むかし数学で習った関数。そしてXとY。

フッと考えてみた。音楽ではなんだろう歌詞とメロディ?写真では?テクニック(技術)と感性?いずれにしても物事はひとつの軸では語りきれないようだ。

ひとつだと正しくただの線で、たよりなく方向性しか見えない。ふたつ目の軸があると面になり実態が浮かんでくるが、まだ足りない。

重要なのは次の次元(Z軸)だ。写真ではテクニックと感性と“?”だろう。

見つけたものだけが甘い蜜をなめられる。

希望の時間

rosso


大坂寛

もう一つは時間軸か、、。年月の積み重ねで学び形成されたその人間にしかない溶け込んだ癖のような個性。その未熟で無垢な個体でも時間をかける事により熟成され旨味を増す。

テクニック、感性、時間、、。他には、、何だろう。

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家の前より、、梅雨の晴れ間の希望

darkside of the moon

bianco

K-ディレクター

時間がつくる個性の次は“欲望”かもな

どんな人間でも持っている欲望は、理性と本能の間にあるから
ある時は愛情になり、ある時は狂気となる。
これをコントロールするのはおそらく不可能で
せいぜい、音楽や旨いものや酒でなだめすかしてやりすごすしかないのかも

ただし、天才は…だな

※いい眺めだね。ヒグラシの声を想像しながら見ていると子どもの頃が見えそうだ。

リアリティ

bianco

K-ディレクター

そういえば、最近オフィシャルでもプライベートでも“リアリティ”という言葉をよく耳にするし、僕も話しに出す。社会の中にバーチャルな環境が増えてきたことに対する本能からの警告かもしれない。

写真はリアリティの最たる表現手段なはずなのにデジタル化でバーチャルに大きく変わってしまったような気がする。つまりは見るスタンスが懐疑心から始まってしまうのだ。これはやっかいだ。

そろそろ梅雨明けで本格的な夏になる。遠くにヒグラシの声が聴こえた。と、思ったら後ろでかかっているiPodの中の曲だった。こまったもんだ。

風の谷

rosso


大坂寛


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本物のヒグラシの声を聞きに来いよ、、涼しい風も吹いている、、。

僕は誰のもの?

bianco

K-ディレクター

ナウシカはいないようだが、ヒグラシは多そうだ。

人間には何十兆もの細胞があって、ようはボクが親分でみんなに命令し、中には謀反を企てるやつとか、サボるやつとか、まったく関係ないやつとかいるようだけど、いまのところ民主主義で言う多数決では僕が勝っている。

ではヒグラシの声を聞いて何故か癒されるのは、どこの細胞なんだろう。

足の先の爪はそんなこと微塵も感じていないようだし、ひじや首やひざ小僧もまったく関係ない。内蔵に移って心臓かと言えば疑わしく、やはり脳みそにたどりつく。しかし、爪もひざも首も心臓もあって僕なんだから、僕は脳みそに支配されていることに気づく。

では、何十兆もの細胞のほんの一部がヒグラシが好きで癒されていることになるんだろうか?いいや、ヒグラシの声を聞いた後、うんと伸びをしたら気持ちよかったし、あの時は確かに爪もひざも首も心臓も癒されたような…

何を馬鹿なこと考えているんだろ…

玉に瑕

bianco

K-ディレクター

最近気づいたのだが、肩の近くに痣ができた。歳が歳だし男だし性格もいい加減なので別に気にならないが、若い女性だったらおおごとなのだろう。

人間は気にすれば気にするほど完璧を求める。いつも思うのだがこれって大きな間違いのような気がする。完璧に走るあまり、傷ひとつなく、左右対称、と求めていくようだがこれが奇妙に映るのだ。人間の顔は左右ゆがんでいる。縦に半分に割りCGで左右対称の顔を作るとサイボーグになる。

本来は完璧でなく美しさを求めているはずなのに…曲がっていたり、皺があったり、ゆがんでいたりすることで色気や艶や魅力が倍増する。こんなことにナゼ気づかないのか。マイナスがあるからプラスが見えるのに。

つまりは人間は馬鹿なのだろう

bianco

K-ディレクター

気象庁が梅雨明け宣言をし、まだまだ小さな声の蝉や、プールに向かう子どもたちを見かけると、ようやく「夏が来た」と感じる。

僕は冬より夏のほうが圧倒的に好きだ。この歳になっても短パンにTシャツに海ゾウリというイデタチ?が定番で、周りの目などぜんぜん気にならない。でも、何故好きなのだろう。寒さに弱く暑さに強いかといえば他の人とさほど差はないようだし夏でなければ体験できない食べ物(スイカやカキ氷)も今では一年中食べられる。

つまりは、懐かしいのだ。プールや蝉や入道雲や日差しやカブトムシの臭いや雷や…それら夏の風物詩すべてが、子どもの頃最も輝いていた時代にタイムスリップさせてくれる。もちろんどんどん歳をとっているわけだからその分青年の頃の思い出までが夏を好きな理由となってきた。

新しい体験こそ人生の宝と思うが、やはり歳をとるとそのぞくぞくする体験のバリエーションは確実に少なくなっている。あと何年人生が残っているか分からないが、死ぬとき今の自分を思い出して懐かしみ夏を好きでいられるだろうか。

2010年7月23日、今日も35度を超え猛暑、夏本番だ。


夢の夏

rosso

大坂寛


今年は東京では梅雨の雨が少なく、いきなり暑い夏になった。

ここ稲城に引っ越してから、そう、、君が言う少年時代の夏休みの思い出を今ここで体験している感じだ。昨日は近くの公園で(周り全部が自然公園のような場所だが)せみを捕まえた。それも小さなニイニイ蝉。よく見るとあちこちにいる、、。ひどく興奮し、妻と友人に呆れられた。夜には調布市の花火が山間の向こうにはじけ見え、反対側の北西の空には音のしない遠雷の稲妻が入道雲間を幾度も走り抜けていた、、。



蒸し暑い風も夜には谷を通り抜ける間に幾分涼しくなり、
都心から僅かしか離れていないであろうこの土地での体感は
蜃気楼のようである、、。

学生の頃、君と興奮しながら窓の後ろに隠れ見た、、、、雷の刺激を、
見に来いよ。

この刺激が次なる創造に繋がることを。

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ボクも応援してるよ、、。




楽しい夏休み 子どもの頃編

bianco

K-ディレクター


せっかく夏なのだから、とことん子どもの頃を思い出し、楽しみましょう。

クリック(小学生レベル)

http://www.youtube.com/watch?v=FjyDzYYJhXE&feature=related

クリック(根性入れて)

http://www.youtube.com/results?search_query=%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%8A%E3%82%93&aq=f

霊試し

rosso

大坂寛


呪怨、、、、、いいね、、、。酒井法子がよかった。
びっくりしたよ、おばあちゃんには、、、。
だが、俺も既に両親亡くしているし、夜墓場に行っても
穏やかで安らぎを感じてしまう、そういう年齢だ、、、? 本当か、、。
霊、というものに恐怖を抱く峠はもう超えた。

星を見にはるばるやって来た峠で、若い二人が首をつった東屋(花が添えてあった)のそばでたった一人で星を見ていた、、。一瞬こちらが臆病にひるむと恐怖の刃が突き刺さる。一緒に星を見よう!!!と、こちらが主導権を持って先に話しかける。その霊らしきものと友達になってしまう。鳥肌と戦いながら朝まで!根性を鍛えるいい訓練であった、、、。

ある時は、登山を単独でやっていた頃、3000メートル級の岩場にテントを張り、深夜尿意を感じ外に出た途端の脆弱な人肌など太刀打ち出来そうもないほどの、暴力的に重い岩嶺や鳥も止まれぬ程に暗く深く切り込んだ谷、塵ほどにちっぽけなこの身など一吹きで彼方に消え忘れさられてしまいそうな風に吹かれ、闇の中の生き物の霊の恐怖などは、欠片も恐れる事のない現実がそこにあった。

と、言いつつ、

怖いよね、

リングはマジで怖かった。

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雷雨の前の静けさ。Nikon D3





告白

bianco

K-ディレクター

実は僕、「呪怨」を観れないのです。正確に言えば観てしまったのですが。

話はもう何年も前になります。
その日は家に僕だけしかおらず、いつの間にか夜中の12時も過ぎていました。ドラマもニュースも終わってしまい、お酒のグラスを舐めながら何気なくチャンネルを変えていたときです。妙なトーンで音も無い不思議なドラマをやっていました。見るものもないしこれでいいやと…

今でこそメジャーになった「呪怨」ですが、おそらく当時は初期のビデオで、マニアックなものだったはずです。僕が観たのはドラマの一部です。場面は男の人が一軒家のドアをたたくところだった様な気がします。誰もいない家をいぶかるように玄関に入り、声をかけるのですがやはり誰もいません。そんなシーンが静寂の中に続きます。その玄関はすぐに2階へと続く階段がありました。しばらくするとかすかな物音(だったような)がし、その後です。まるで蛇のようにその2階から階段へと女がスルスルとすごい顔でいきなり這い降りてきたんです。

もう、それでお終い!すぐチャンネルを変えてしまいました。あとで番組を調べたら「呪怨」と出ていたのです。
それ以降しばらくすると日本のホラーがあたり始め「呪怨」も映画化と知りました。それがおそらく前回紹介したYOUTUBEだと思います。

だから、あんな怖い映画をじっくり見ることができないんです。

あぁ…夏だねぇ

村崎百郎さん

rosso


大坂寛


霊の話を書いていた矢先に、大変な事件を友人の童夢さんより知らされた。


文筆家の村崎百郎さんが殺害された、との事だった。
彼の書いた文章に恨みを覚え、20カ所以上も刺し、殺害したとのこと、、、。その報道は多く知られていると思うが、、。

以前、趣味のロックバンドの練習を、著名な女流漫画家、森園みるくさんと共に聞きに来てくれた。

犯人は統合失調症の患者であるらしいが、その衝撃は大きい、、。
僕の姉も同じ病気で長く入院している。
症状の違いこそあれ、突発的な過激な反応を起こす人格は危険であるが、
それを押さえつける判断の基準は難しい。

著名になれば、多くの人種にも浸透してしまう今の文明の中では、
発表する作品は自分の及びもしない方向へと進んでしまう危険性を持っている事も自覚しなければならない。個人で作り上げたもの程、責任を持って世に出すことも必要であろうか、、、。


10月のライブに来てほしかった、、、。

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雷の音と光は、旅経った魂への弔いの調べ。



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rosso&bianco

Author:rosso&bianco
写真家 大坂寛

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( rosso ) : 大坂寛

( bianco ): K(ディレクター)

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